習慣流産、不育症と向き合うワタシhiroの独り言


by babyagefanclub

カテゴリ:3度目の流産( 4 )

手術の日

東京は雨。
今日は16度になるって聞いていたのに・・・
寒いじゃない・・・
一人感情を押し殺し淡々としたワタシは病院へ向かう。

入院受付で待つ。
出産を待つ入院受付ならウキウキできるが、そんな心境とは間逆なわけで、
ワタシの後ろに座るジイさんは、自分が肺がんであるが元気だという内容の話を
自慢気に隣に座るオバさんに話しているのが、不謹慎にもウケた。
ジイさん、病気と前向きに戦ってるなぁ~とエールも同時に贈った。

病室に通された。
婦人病患者の病棟だった。
すぐに処置をするため、処置室に呼ばれる。

今回は清志郎が外に出る準備を自分でしなかったから、無理矢理に子宮の出口を広げる作業から。
ラミナリア2本を使って子宮口を広げる。
ラミナリアは、サクランボを出産するときに使っているので、あまり怖くなかった。
が、その経験しているというわけのわからん自信が、ワタシを裏切る。
器具を使って先生は子宮を引っ張る。
子宮を引っ張るって何の意味があるわけ????
麻酔なしだから本当に痛い。初めて痛みで脳貧血を起こしてその場に倒れてこんだ。
ワタシは顔面蒼白だったようだ。
なんで、こんなに痛いの?と思いながらも涙は出なかった。
処置は終わった。

子宮口が開くまで、ベッドで4時間ほど過ごした。
インストールっていう、あの若い子が芥川賞だかなんだかをもらった作品をコンビニで買ったので、読んだ。割りと時間が過ぎるのは早かった。
腹も減る。何しろ昨日の9時から食べていないわけで、ほかの人の食べる食事の匂いに食欲が湧いてきちゃう。

2時から分娩室に移動。
アンジの時とは、違う簡単な脳下垂体を軽く麻痺させる麻酔をすぐに入れた。少しボーってして、ノドが乾いた。
本当の麻酔は30分後に投与。された腕に激痛が走り記憶が遠のく…だけど、手術がアンジの時より痛かったのか、おぼろげながらも、何かされていて、終りましたよと告げられたのも覚えている。

先生が「終りましたよ」という言葉がうっすら聞え、ホッとして深い眠りつく。
1時間すると看護婦さんが呼ぶ。
声は聞こえるし、反応出来るけど、目を醒ますことが出来ない。
かなり麻酔がきいている。
その後1時間眠り、母が迎えに来てくれたというので、早く分娩室から病室に戻りたくて、歩いたけど、めまいと吐き気で倒れた。
看護婦さんは、ワタシの体を支え、「細い体ねぇ、うらやましいわ」と言った。
別にうらやましくなんかない。たいして細くもないが、細いより健康体で子供を産めたほうがどんなに幸せか・・・・
看護婦さんが車椅子で、病室まで連れてってくれたけど、ベッドに横たわるとまた起き上がれない時間が続く。
母が飲みものを持って来てくれたので、喉がカラカラだったから飲む。
でも全て吐く。の繰り返しで、なかなか帰れない。

家についても、立っていられなくてすぐ布団に入り、まだ残る麻酔と供に寝た。

なんだか大変な一日だった。
同じ流産の手術でも、アンジの時とは、全く違った。
涙ひとつ溢さず、淡々と痛みや麻酔に翻弄された。
だから疲れた。心より遥かに身体が疲れた。
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by babyagefanclub | 2006-02-07 11:37 | 3度目の流産
チャムオは、日曜の夜帰っていった。
月曜は、検診。
元気よく起きた。
だいぶふっきれた。
チャムオありがとう。
週末来てくれてありがとう。

寒い朝だった。
しかし、寒がりのワタシなのに、寒さなんてどうでもよかった。

清志郎の心音は聞えなかった。
不思議と涙は出なかった。
先生に淡々と質問していた。
手術のことや、不育症の理由。

明日、手術になりました。
がんばってきます。
最後まで清志郎、一緒だよ。
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by babyagefanclub | 2006-02-06 14:12 | 3度目の流産

涙が止まらない

アンジの時もショックだけど、何回体験してもショック。
心臓が動き出すんじゃないかって何度も思った。
サクランボの時のエコーの写真と見比べた。
はるかに清志郎は小さかった。
でも小さいけど1センチまで成長してくれた清志郎が愛しかった。
アンジは、出血でもう胎児として映像で見れなかったけど、
清志郎は、その姿をワタシに見せてくれた。
清志郎・・・ごめんね。
がんばったね。
涙しか出てこない。
清志郎!!!
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by babyagefanclub | 2006-02-06 13:49 | 3度目の流産

清志郎のこと・・

なんで、清志郎かって・・・
サクランボを産んだ日の夜興奮してまったく眠れなかった。
それで頭にグルグル回っていたのが、忌野 清志郎の「ちびまるこちゃん」で流れていた
「宇宙大ハッスル」だったから、この子の時もきっと清志郎が流れてくるんだろうな~
と思って清志郎!と呼ぶことにした。
清志郎は自転車も好きな子になったに違いない。

清志郎が妊娠したなぁ、と思ったのは、2005年の年末
なぜか、排卵日には、おっぱいが張って、乳汁が出て不思議に感じていた。
なぜか12月に妊娠する。サクランボの時もアンジの時も12月の妊娠だ。

妊娠がわかって・・・・
前回のこともあるし、不安。
でも40日目を超え、50日目を超え、つわりはひどくなるし、
出血もない。
しかも正月にかけて実家に帰ってのんびりモード。
まさか流産なんて・・・ね。
病院は、サクランボを産んだB病院に行くと決めていた。
B病院は都立病院だけあって、いつも混んでいる。
しかも先生はどの先生も優しく話しも納得いくまでしてくれるからスキ。
アンジの流産もB病院で処置を受けた。

初診はB病院で。
年始に入って予約。
激混みのあげく、予約がとれたのは、2月2日。
それまで、のんびりと実家の両親に世話になりながら、
妊婦生活だと思い込み楽しくサクランボと供に過ごしていた。
夫のチャムオは、転勤先のM県にいるのでなかなか会えないのが、
サクランボもワタシも寂しかった。

2月2日。
10時半に予約したにもかかわらず、12時半にやっと呼ばれた。
もう11週だから、おなかからエコーで見れるかな?
と思ったのに、内診台からの超音波検査。
この時、ワタシには自覚症状というものがまったくない。
何しろ今日まで出血もしてないし、つわりもあるんだ。
それが、自分の自信だった。
過去2回は出血してるんだから・・・・
五十嵐先生とい先生が担当医だった。
はじめての先生だけど、優しい先生だった。
先生は、内診台から超音波の映像を見てるが、様子が変。
「出血したり、おなかが痛かったりしたことありますか?」
と。
ワタシ
「ないです!」
そんな自覚症状あったら、即病院きてるよ!!!!
カーテンごしにモニターを見せてくれる。
赤ちゃんいるよ!!
でも今日で11週と2日なのに、7週の大きさしかない・・・・らしい。
そして心音が聞えてこない。心臓が動いていない。
ガーーーーンときた。
まさか・・・・。
自分のことだって、受け入れたくなかった。
先生は、丁寧に成長が止まっている恐れがあると話してくれた。

だんだん現実がみえてきた・・
現実だとわかると、涙がこぼれた。
今日赤ちゃんと会える天国のような幸せなはずが、ワタシは地獄に落とされた。
でもどこかで、「やっぱり・・・習慣流産か・・・」と思う冷静な自分がいた。
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by babyagefanclub | 2006-02-06 13:42 | 3度目の流産